森の書庫

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死後の世界を知ると人生は深く癒される/マイケル・ニュートン

☆☆☆☆

私たちが生きる意味を探る

著者は米国人のカウンセラー、マイケル・ニュートン氏(−2016)です。
本書は前作「死後の世界が教える」に引き続き、「退行催眠セラピー」で集めた知見をまとめたものです。

著者のニュートン氏は米国で生まれ、行動療法のセラピストとしてカウンセリング治療を行なっていました。
懐疑的な性格だったので催眠療法や伝統的なセラピー技術を中心に行い、退行催眠には抵抗を感じていました。
しかし原因不明の慢性痛を訴える男性患者が、第一次大戦中の過去生を想起することで痛みが消失したことが転機となりました。
未知の現象だった「前世」には何か大切な意味があるのかもしれないと興味を抱き、94年に前著「死後の世界が教える」を著したところ大きな反響を得ました。
著者は被験者を「中間生」と呼ばれる記憶に戻すと、明晰な思考で高度な内容を語ることに注目しました。
そこで被験者の記憶を中間生まで遡らせ、「宇宙の真理」や「私たちが生きる理由」について尋ねて知見を重ね、2000年に本書の執筆に至りました。

前著では主に若い魂に対する「治療」が中心でしたが、本書では「自分の生の目的」を求める進化した魂へのセラピーが増えていました。
著者は中間生に誘導してクライアントが明晰な思考と記憶を取り戻させると、「クライアントの生のテーマ」や「宇宙に働くシステム」に関する情報を集めました。
ニュートン氏によれば、源泉(=ワンネス)は体験を願って分割した自己を創造し、様々な経験を携えて回帰することを求めています。
源泉から生まれた魂は、専門の世話係に保護されてまずは霊界(=中間生)で学びます。
一通り学び終えると、肉体を持ったリアルな世界に転生します。
多様性を体験しながら、元々は同じ自分である他者への慈しみや物質への執着を克服すると、次の段階へと移行していきます。
適性に応じて、専門職やシステムの管理を担うようになるのです。
中級レベルの魂が担う、夢見の達人、迷える魂のレスキュー、動物の魂の世話係、若い魂の監督者、ヒーラー。
上級になると倫理観の研究者、次元間旅行者、生命創造、惑星の運営、時間の管理者などの職業についても述べられていました。

「ヒーリングの秘訣は意識的な自己を捨て去ることです。
 そうすると患者のエネルギーの滞りを通すことができます。
 私は患者のエネルギーと溶け合うことで、滞りを解消することを目指しています。
 これには技術に加えて愛も必要なのです。」

「源泉は巨大で、力強く、柔軟で・・・音があります。
 音が世界を作り、構造を支え、動かしているのです。
 母が我が子に聞かせる子守唄のようなやさしい音が・・。」

成長に応じて魂の色彩が変化することに言及しているのも、本書の特徴になります。
若い魂は白色で生まれ、成長に伴って色彩の密度が濃くなり、赤、黄、緑、青、紫へと変化するようです。
この本質を示した中心色に加えて、その周囲を囲む光輪色というものもあります。
光輪色は人生に臨む姿勢を反映したもので、次のような意味を持っています。
白(柔軟性)、銀(洗練)、赤(情熱)、オレンジ(衝動)、黄(勇気)、緑(癒し)、茶(忍耐)、青(許し)、紫(英知)。
ここにない「黒」は損傷した魂を示しているとしていました。

本書はこのように前著をベースにしながら、より深遠な内容に及んでいて引き込まれました。
簡単な言葉で語られつつも理解の難しいもので、時間をかけて消化していきたいと思います。
前世について語ったものはワイス博士や飯田史彦氏のものもありますが、本書はそうした内容を踏まえて深い考察に及んでいて読み応えがありました。
最後のページは次のような詩的な言葉で結ばれていて、印象に残りました。

「地球に来るのは、私たちにとっては外国を訪れるようなものです。
 故郷は受容、安らぎ、愛で満ちていますが、地球ではこうしたものは期待できないからです。
 私たちは愛や喜びを探求する中で、不寛容や怒り、悲しみに対処しなければなりません。
 生き延びるために、人を見下したり、卑屈になったりして自分を見失うこともあります。
 しかし不完全な世界で生きることで、初めて完全性を真に理解できるのです。
 だからこそ地球という過酷な環境で自分を磨くことが、私たちの試練になるのです。」

医学生からの診断推論/山中克郎

☆☆☆☆

診断のエッセンスが凝縮

徒手検査と問診によって病気を正確に把握することを目標としているので、手に取りました。

研修医向けのテキスト
著者は山中克郎医師で、総合診療を専門としています。
本書は、問診と身体診察による診断推論について医学生や研修医向けに解説していました。

研究から臨床に転向した医師の労作
著者は名古屋大学卒業後は血液内科を専攻し、研究者として米国にも留学しました。
帰国後は臨床医として、専門分化の反省から生まれた「総合診療科」を専門にキャリアを積みました。
現在は諏訪中央病院で臨床、指導と忙しい日々を過ごしています。

本書は著者の長年の総合診療医としての知見が結晶化したものです。
第1章「心に火をつけろ」では診療に臨む心構えが記されていました。
一生学び続けること、周囲の人に感謝すること、診療時以外も誠実に振る舞うことなど、医師としての心構えがまとめられていました。
終盤では「人の行く裏に道あり花の山」という千利休の句を引用して、どんな経験も無駄にはならないので、自分だけの道を進んで生涯の宝を見出して欲しいとしていました。

第2章からは実際の推論に役立つ知恵が各論としてまとめられていました。
「診断は夜空で星座を探すようなもの」として、様々な情報を整理して診断へと到達する流れが示されていました。
具体的な診断は循環、呼吸、腹部、神経と4項目に絞られ、根本的な智慧が得られるように工夫が感じられるものでした。
合間には著者の経験に基づくアドバイスも添えられています。
「呼吸数を計りづらい時は、患者の呼吸に合わせると早いか遅いか直感的にわかる」
「お年寄りの長い話も、息継ぎで切れる瞬間を狙うと問診に入りやすい。」

著者による特典映像も
また特典として本書を補完する内容の動画が次の10本製作されていました。
患者との対面〜はじめの1分
循環器系の診察 ①頸静脈波
循環器系の診察 ②心音
呼吸器系の診察 ①胸部診察と聴診
呼吸器系の診察 ②COPDの診察
頭頸部の診察
腹部診察
神経診察 ①脳神経
神経診察 ②小脳機能
神経診察 ③歩行観察
これらは出版社のサイトでパスワードを入力することで閲覧できました。

薄い本の中に濃厚なエッセンスが凝縮
本書ではこのように臨床の哲学、診断のコツなどが丁寧にまとめられていました。
濃厚な情報が凝縮され、他書からの引用も多く、曖昧になりやすい分野などが重点的にピックアップされていました。
特典映像もわかりやすいもので、温かな著者の人柄を彷彿とさせるようなものでした。
全体的に自身の知見を伝えたいという熱意を感じさせるもので、ページ数は多くないものの読了まで時間がかかりました。
医学生向けですが著者の長年の経験が結晶化されたもので、読者を選ばない普遍的な内容だと思いました。
熱い思いが伝わるような好著で、オススメです。

明日からできる診断推論/野口善令

☆☆☆☆

問診から診断する

編集・著者代表は医師の野口善令氏です。
本書は症例を元に診断推論が学べるテキストです。

医師向けの総合診療のテキスト
同書は「週刊日本医事新報」で好評だった連載記事を単行本化したものです。
総合診療や救急のエキスパートたちが共同で次のような20の症候を解説していました。
胸痛、頭痛、発熱、腹痛、単関節痛、多関節痛、目眩、ショック、
失神、痺れ、痙攣、麻痺・筋力低下、呼吸困難、動悸、下痢、発疹、
不眠、意識障害、リンパ節腫脹、口渇

内容はまず「理論編」で、基本となる思考の流れを提示します。
症状から出発してアプローチすべき優先順位が、発症様式、随伴症状、年齢、リスクファクターなどの順に示されます。
そして予想される疾患の特徴、検査、見落としてはいけない危険な疾患がリストアップされます。
これを踏まえて「症例編」で、診断を予想していきます。
初めに年齢、性別、主訴などのヒントが示され、予想される疾患リストが挙げられます。
疾患を絞り込むために問診や検査、それらの結果から消える疾患、増える疾患とその理由が示されていました。

診断に至る思考のエッセンス
本書はこのように総合診療で必要とされる思考の流れがわかりやすく説明されていました。
白眉なのが、著者たちの思考のコツや本質部分に迫りたいという意図を感じさせる点です。
熟練者の診断推論に至るアルゴリズムや専門医による診断のヒントなどにも触れられていて、読み応えがありました。
シンプルな作りですが、読み手の理解が進むように丁寧に編集されている好著だと思います。

はじめてであう小児科の本 /山田 真

☆☆☆☆

子供の病気をわかりやすく解説

著者は開業医の山田真氏(1941ー)です。
本書は子供を持つ母親向けに編集された小児科のテキストです。

山田氏が医者になったのは68年です。
当時は大学闘争の時代で、著者は闘争で無期停学となり、卒業が遅れてしまいます。
しかし、その間は人生を貫く生きた哲学を打ち立てる、貴重な時となりました。
医学は権力のためでなく、人々のためにある。
だから自分は権威にあぐらをかかず、患者と共に喜び、歩む医者になろう、と。
その思いを胸に医学の道を歩むことを決意しました。
著者は卒後に小児科で研修を受けると、上野の路上生活者向けの診療所で働きました。
診療所が赤字で閉鎖が決まると、八王子中央診療所と梅村こども診療所に移り、家庭医として赤ちゃんからお年寄りまで幅広い年代の患者、多くの疾患を治療してきました。

こうした経験が結晶化したのが本書になります。
原形となったのは、雑誌「母の友」の連載記事でした。
1978年に連載が始まり、84年、著者が40代の頃に初版が出版され、その後も改訂が繰り返されてロングセラーとなっています。
執筆の動機は、「医学の世界を一般の人にわかりやすく伝えたい」と思ったこと。
「医学は不完全で、わからないこともたくさんあることを知って欲しい」と思ったことです。
医者だけが知識を独占するのではなく、多くの人に知ってもらってどうすれば良いのかを一緒に考えて欲しいという願いが込められていました。

内容は4つのパートで構成されています。
第1部は感染症、アレルギー、心臓など、病気の概要についてまとめていました。
第2部は症状別に整理され、症状から関連する病気が推測できるようにしていました。
第3部は医学エッセイが中心で、薬害や医学界の問題点などについて著者の意見をまとめていました。
第4部は救急処置をまとめていて、呼吸や心臓が止まった時、毒物を誤って飲んでしまった時にどうすれば良いかなどを説明していました。

本書は、このように子供の疾患が幅広く掲載されていました。
内容は専門分野にも及んでいましたが、文章はやわらかく、穏やかなお医者さんが目の前で説明してくれているような言葉で綴られていました。
初版が出版されたのは、著者が40の頃。
多くの経験を積んで脂の乗り切った頃ですが、文章は誠実さと謙虚さに溢れたものでした。

「私はまだ勉強不足、半人前の医者です。
 でも患者さんたちと、喜んだり、怒ったり、泣いたりするのが嫌いではありません。
 これを唯一の取り柄として、これからも医者の道を歩み続けて行こうと思っています。」

地味な装丁ですが編集は丁寧で、編集者と共に大切に作った本だということが伺えました。
子供を持つ母だけでなく、専門家が読んでも参考になるものだと思います。
おすすめです。

エクソシストとの対話 /島村 菜津

☆☆☆☆

聖なる人の足跡をたどって

著者はイタリアに強いノンフィクションライターで、関連書を多数出版しているようです。
本書は、エクソシストという職業を追ったノンフィクションの文庫版になります。
元々ハードカバーだったものを図書館で興味本位で手に取ったのが評者との初めての出会いでしたが、その後何度も借りて読み返すことになりました。
手に入れたくとも既に絶版で困っていたのですが、文庫化されたことを知って喜び勇んで購入しました。
文庫版では、前後の繋がりの不明瞭だった部分が訂正され、さらには登場人物たちのその後や近年のエクソシストの制度面の変化などが加筆されていて、ハードカバーを読んでいた私のような読者にとっても読み応えがありました。

著者はエクソシストに興味を抱き、「聖なる階段」という名を持つ小さな教会に著名だったカンディド神父を訪ねますが、4ヶ月前にこの世を去ったことを知らされます。
しかしあきらめず、そこから数年にも及ぶ長い時間をかけて取材を続けました。
結果、カンディド神父と縁のあった多くの人々、同僚の神父から実際にエクソシストを受けた人々まで会いに行き、話を聞くことに成功していました。
その数は膨大で、神父たちの内面、悪魔祓いを受けた人々の生い立ちや背景などにもかなり踏み込んで書かれていて、更には門外不出といわれる悪魔祓いの儀式に立ち会いを許されるなど、イタリア人に信頼された著者の誠実で温かみのある人柄が伺えました。

神父たちについてはエクソシストのオカルト的な面よりもこの職業を通じて聖なる道を歩み続けた生き方に強く感銘を受けました。

終盤に筆者は神父が30年もの間通っていたという、難病で歩行のできない女性リナへのインタビューに成功しています。

そこでは神父は奇跡の癒しも起こしてはいないし、悪魔を祓ったわけでもない。

ただ孤独な彼女のそばに寄り添うためだけに、ただそのためだけに30年もの間通い続けたと聞き強い衝撃を受けています。
その女性は次のように語りました。

「あの人はたぶん世界一偉大なエクソシストだった。
 だけど有名であることに何の関心もなく、それはそれは謙虚な人だった。
 あの人のカリスマや名声が私を癒したんじゃない。
 あの人は何もかもが灰色だった私のところに、
 黙ってただ通い続けてくれることで私を危機から救ってくれたの」

本書を読んだことがきっかけでエクソシストという存在に興味を持ち、翻訳書なども含め国内で発売されているものをいくつか手に取りましたが本書を越えるものには出会えませんでした。

本書は万人受けするものではないのかもしれません。
でもたとえエクソシストに興味がなくても、神父達の持つ徳性のようなもの、すなわち人に優しく、辛いことをものともせず、好んで人の前に立たず、慈愛、無執着、謙譲を貫くという聖なる生き様は、人間の持つ尊い部分に触れさせてくれると思います。
目の前を過ぎ去って行く数多くの本の中で、本書は長く手元に置いて繰り返し読み返してきた大切な本の1つです。

好きになる解剖学 Part3 /竹内 修二

☆☆☆☆☆

痒いところに手が届く解剖テキスト

著者は解剖学が専門の研究者である竹内修二氏です。
本書は医療関係者や学生向けに解剖学を解説した入門書です。

「好きになる」シリーズは、医療系の専門家や学生向けに編集された入門書です。
解剖、生理から救急医学、漢方など様々な分野のものが刊行されています。
本書は「解剖学」をテーマとしたもので、全身の筋、骨、臓器などについてまとめていました。
第3巻となっていますが前著の延長にあるのではなく、それを下敷きに新たな知見を加えたものとなっていました。
分類は上肢、下肢、頭部、体幹に分けられ、それぞれ筋肉、骨、血管・神経系、臓器、感覚器などが紹介されていました。
解説はありきたりでなく、ユニークな切り口で周辺器官との関連なども言及するなど丁寧なものでした。
挿絵類も全カラーの写真とイラストで、透視や切開図を交えて立体的に内部構造が理解できるように工夫されていました。

近年は医療系のテキストが大きく進化し、わかりやすいものが増えたと感じています。
その中でも本書は出色のもので、先行文献を踏まえて改良していることが伺えました。
例えば臓器が重層的に折り重なっている場合は、透視図の他に側面図、背面図などが加えられ、名称は由来から語られていました。
神経や血管の走行も枝分かれなど、盲点になりやすい部分をピックアップされていました。
このように解剖上でちょっとわかりにくい部分、あれはどうだったかなといった死角になりそうな部分をすくい取っていたので知識を再確認するのに助かりました。
この本は今後も読み返すことになりそうです。
医療系学生や専門家にとって参考になる好著だと思います。
おすすめです。

精神科の薬がわかる本/ 姫井 昭男

☆☆☆☆

初学者向けの向精神薬テキスト

 
著者は精神科医の姫井昭男氏です。
本書は初学者向けにまとめられた向精神薬のテキストです。

姫井昭男氏は93年に大阪医大を卒業後、精神科医としてキャリアを重ねました。
2010年にPHメンタルクリニックを開業し、難治の患者やセカンドオピニオンなどにも対応しています。

本書は著者の長年の知見が結晶化したもので、精神薬を基本から解説したテキストです。
2008年に初版が出版されてから改訂を重ね、第4版まで続くロングセラーとなっています。
内容は抗うつ薬睡眠薬抗不安薬抗精神病薬、抗てんかん薬、認知症治療薬などです。
それぞれ症状、歴史、作用機序が説明され、薬剤の使用法についても著者の臨床経験を元に解説されていました。
安易に投薬することを戒め、後の減薬を含めた出口戦略など類書とは異なる独自の視点からも言及されていました。

本書はこのように精神薬について、わかりやすい言葉で綴られていました。
通読することで、精神科系の処方薬はほとんど理解できると思います。
専門家だけでなく一般の人が読んでも理解できるようにやさしく説明されている好著で、おすすめです。

救急・総合診療スキルアップ/山中 克郎

☆☆☆☆

総合診療のテキスト

著者は山中克郎氏、北啓一郎氏、藤田芳郎氏ら、総合診療・救急でキャリアを積んだ熟練の医師3名です。
本書はレジデント向けのスキルアップシリーズの1つで、実際の症例を元に総合診療について解説していました。

内容は40の症例で、一般外来や救急を含む様々なケースが紹介されていました。
初めに主訴、現病、既往、身体所見が示され、次に選択すべき検査を考えます。
検査は数値データ、CTやMRIなどの画像資料も示され、それらを元に確定診断に至ります。
難易度が★で説明されていて、次のようなものは特に難しく、印象に残りました。

症例6
急速に進行した息切れが主訴で、加えて両下腿浮腫、胸水、ALP上昇、肝腫大も判明しました。
心臓、肺、肝臓など多数の臓器の異常を思わせる症状でしたが、生検でアミロイドーシスと診断されました。

症例9
発熱、嘔吐、下痢が主訴で、さらに右上肢の軽度麻痺と皮疹も判明しました。
はじめ消化器系の疾患かと想像したら、のちに麻痺なども加わって見当もつかなかったのですが、感染性心内膜炎を原発とした血管塞栓でした。

症例15
息切れと倦怠感が主訴で、検査で胸部異常陰影、腎不全、下腿浮腫が判明しました。
これも各症状に関連が感じられず想像できなかったのですが、ウェゲナー肉芽腫という血管炎でした。

症例20
構音障害と嚥下障害が主訴で、検査で全身の筋肉が低下していることが判明しました。
はじめ脳血管障害を想像しましたが、重症筋無力症でした。

症例21
心下部痛が主訴で、検査で低カリウム、下腿浮腫、高血圧が判明しました。
心臓、腎臓の異常、甘草などによる偽アルドステロン症を想像したのですが、クッシング病でした。

症例26
嘔吐・下痢が主訴で、検査中に腹水、体毛減少、乏尿が判明しました。
はじめ消化器系疾患を想像したのですが、SLEでした。
抗核抗体の上昇とループス腎炎が診断の決め手になりました。

症例32
腰に力が入らなくなったことが主訴で、検査で糖尿病、白血球数の増加が判明しました。
発熱がなく、脳か腰の障害だと想像したのですが、糖尿病に隠された髄膜炎でした。

また巻末にはAppendixとして、60問の設問があり、知識のチェックができます。

本書はこのように必要十分な条件を元に、確定診断に至る流れがコンパクトにまとめられていました。
難易度の高い症例も含まれていましたが、総合診療の流れを学べる好著だと思います。

やさしくわかる看護ケアに役立つ画像の見かた/ 櫛橋民生 著

☆☆☆☆☆

看護師向け画像診断のテキスト

著者は櫛橋民生氏と藤澤英文氏の2人で、共に昭和大学横浜市北部病院放射線科に勤務する医師です。
本書は昭和大学が看護師向けに作成した「画像診断のテキスト」です。
X線、CT、MRI、超音波について、その原理と画像診断のコツがまとめられていました。

内容は全5章で、次のような概要となっていました。
 第1章 画像診断の基礎知識
 第2章 各部位ごとの画像
 第3章 体内埋め込み機器の読影
 第4章 PET/CT
 第5章 画像診断で用いる薬剤

本書ではまず第1章で基本的な機器のことを学びます。
異なるシステムで体内透視する機器の概要が丁寧にまとめられていました。
第2章では各部位ごとに、疾患と画像診断の具体的な見方が解説されていました。
例えば頭部だと頭部外傷・頭部出血などの疾患ごとに、読影法やCTとMRIの使い分けについて整理していました。
第3章以降では、ペースメーカーやカテーテルの使用などの診断以外の分野での画像診断の利用状況、PETを使った新しい画像診断機器、画像診断で使用する薬剤について説明していました。

本書はこのように画像診断機器の概要と読影について解説していました。
機器だけでなく病気やその背景となる解剖生理について述べていて、立体的に知識が学べるように工夫されていました。
画像はそれぞれ個性があり一朝一夕には理解できませんが、初めの一歩を踏み出すきっかけになると思います。
このタイプの本はいくつか読みましたが、本書はその中でも特に優れたものだと思いました。

癒しの医療 チベット医学―考え方と治し方 /タムディン・シザー ブラッドリー著

☆☆☆☆

チベット医学を概観する

著者は英国在住のチベット人女医タムディン・シザー・ブラッドリー氏(1964ー)です。
本書はチベット医学を初学者向けに解説したものです。

ブラッドリー女史は、チベット暴動後に両親が移り住んだ南インドで生を受けました。
82年からダラムサラチベット医学校で学び、ダライ・ラマの侍医クン・グルメイ・ニャロンシャー師の元で研鑽しました。
90年からは海外での活動を始め、英国人の伴侶と縁を持ったことを契機に英国に移住します。
そして同国で初めてのチベット医師として診療を開始し、現在も臨床とチベット医学の啓蒙活動に活躍しています。
本書はその一環として執筆されたもので、初学者向けにチベット医学の概要をわかりやすく解説されていました。

チベット医学はモンゴル、ブータンやインドなどに及ぶヒマラヤ山脈沿いの人々の間で伝承された民族医療です。
医学校メンチーカンを卒業したアムチと呼ばれるチベット医師が、村々を放浪しながらマンツーマンの医療を施してきました。
彼らは「四部医典」を聖典に据え、次のような独自の人体観で診断・治療にあたります。
人は真理を知らない「無明」ゆえに、本来持っていた精妙なバランスを欠いています。
無明とは、貪欲に求め続ける「貪」・妬みと怒りに飲まれる「瞋(じん)」、怠慢に溺れる「痴」に象徴されます。
その結果、人体を巡るルン、ティーパ、ペーケンという循環物質に不調和が生じて、病気となります。
診断は望診(舌診と尿診)、問診、触診(脈診)で行います。
不調和の調整は、生薬、鍼灸などの物療、食養生、精神の養生などを通じてなされます。
特に精神の養生では、仏教哲学を背景に積極的に推奨していました。
鍼灸では背部のツボに行う灸療法、頭頂部に金鍼を触れて行う鍼治療などが挙げられていました。
所々で実際の臨床の様子が引用されていて、チベット医学についてイメージしやすい構成となっていました。

本書の白眉はあとがきに添えられた「監訳者解説」にあり、監訳者自身の来し方とチベット医学への私的考察がまとめられていました。
監訳の井村宏次氏は鍼灸師で、ライフワークとして東洋医学を長年追い続けてきました。
しかし「チベット医学」は当時、資料も少なく、苦心していました。
2000年代に入るとようやく本書の原典「Principles of Tibetan Medicine」が出版され、チベット人でありながら英国に移住したブラッドリー女史の鮮やかな解説に引き込まれました。
そして出来上がったのが本書です。
東洋医学の専門家でチベット医学を追い続けてきたゆえにその分析は鋭く、実際の臨床で用いた応用例も披露されていて興味深いものでした。
チベット医学をわかりやすく伝えようという原作者と翻訳者の思いが感じられるような好著だと思います。