森の書庫

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急性期 漢方マニュアル/ 中永士師明

急性期に使う漢方薬

著者は秋田大学の医師、中永 士師明(なかえ はじめ)氏です。
本書は急性期に用いる漢方処方を解説したものです。

中永氏は89年に奈良医大を卒業後、救急部でキャリアを重ねました。
漢方は慢性疾患に使うことが多く、救急に在籍する著者にとって縁遠いものでした。
初めて漢方と触れたのは、麻痺性イレウスに用いた大建中湯です。
患者は脳の二次損傷を抑えるために全身を低体温で管理していて、腸の蠕動がストップしてしまいました。
何とか腸を動かそうと、改善薬を投与しても効果がなかったのです。
この状態を大建中湯が速やかに解決したことから、俄然漢方に興味を持ち、独学で探求していきました。
当初は上気道感染症に葛根湯、筋肉痛に芍薬甘草湯などから始め、トライアンドエラーを重ねました。
十数年を経て自研例が5000件を超え、再現性も確認できたことから著書にまとめることを決意しました。

内容は総論、各論、付記で構成されています。
総論では著者の実践する「急性期漢方」の基本的な概論が示されています。
各論では呼吸器・循環器などの一般外来、集中治療室、災害と3つの場面で用いる処方例が示されていました。
付記では副作用の出やすい生薬、方剤の性質ごとの分類、図を用いた全体の解説がまとめられていました。

本書はこのように救急治療の分野での漢方の活用方法が整理されていました。
各論は一般内科だけでなく整形、皮膚、耳鼻科など多岐に渡り、さながら総合臨床のようです。
加えて集中治療室や災害時の使用例も披露され、興味深いものでした。
試行錯誤を繰り返して中医概念を現代医学で翻訳し、ありふれた方剤を巧みに処方する。
木で竹を接(つ)ぐようなものでなく、中医学を咀嚼した上で体系化していて印象に残りました。
これは即時効果が求められる救急外来での試行が、功を奏しているのかもしれません。
薄い本ですが密度が濃く、必要十分な内容がコンパクトにまとまっている好著だと思います。

新しい鍼灸診療 第2版 /篠原 昭二

新しい鍼灸の医学を作る

本書は2006年に発行された『新しい鍼灸診療』の改定第2版です。
鍼灸医学について伝統、現代、気の3分野を網羅的に取り扱ったテキストで、編集担当を増員して新たな項目を追加・改定していました。

本書は「新しい鍼灸医学を再構築すること」を目指して2006年に上梓されました。
編集・執筆は明治鍼灸大学(当時)の教員が中心となっていました。
同学は「東西両医学の統合」を基本コンセプトとしていたため、現代医学と伝統医学の両方に精通していました。
2003年には霊性などを研究する学術団体「人体科学会」の年次大会「気を認知する」の運営に携わったことから、「気の医療」関係者とも交友を深めました。
こうした経緯から、現代医学、伝統医学、気の医学という3つの領域の医学を網羅的に扱い、新しい鍼灸医学構築の橋頭堡となることを志向して出版されたようでした。
本書はそれから15年を経て2019年に改訂されたもので、新たに「北辰会方式」「VAMFIT:経絡系治療システム」「経筋治療」の3項目が追加されていました。

内容は次のようなものです。
第1章 鍼灸医学を創造的に再構築する
鍼灸の根源を探るため、哲学や歴史を俯瞰しながらトポロジーを見出し、抽象度を上げながら現状と課題を探っていました。
新しい鍼灸医学構築に向けた導入部分となっています。

第2章 鍼灸医学の現状
現代日本で行われている、鍼灸の現状を俯瞰していました。
伝統鍼灸をはじめに概観し、経絡治療、トリガーポイント、中医学の診断・治療法を解説していました。
特に伝統鍼灸は基本の四診法を詳細に記述し、専門書と比較しても遜色のないレベルの内容でした。
その上で、同大が構想する治療システムを提示していました。
それは病因を外感・内傷に分類し、病位を経筋・経絡・臓腑で把握し、診断を脈診と切診、治療を五行穴や触診で行うというものです。
ここが本書の最重要部分だと感じましたが、あっさりした記述となっていました。

第3章 伝統鍼灸の新しい潮流
日本で伝わってきた伝統鍼灸をベースにした、新しい鍼灸実践者たちのスタイルをまとめてました。
北辰会、VAMFIT、新経筋治療などです。
このうち北辰会は、伝統的な中医学の世界観を臨床の中で洗練させたものです。
四診を丁寧に行い、打鍼と古代鍼という刺さない鍼と豪鍼を使い、少数穴で治療するというものでした。
VAMFITは「Verification of Affected Meridians For Instantaneous Therapy」の略で、和訳すると「即興治療のための変動経絡の確定システム」になります。
経絡治療を元に構築した技法で、精気の虚で生じた臓腑経絡の異常を特定の経穴で修正するというものです。

第4章 先鋭的な気の治療
伝統鍼灸の根幹をなす「気」を用いた前衛的な研究グループを紹介していました。
間中喜雄氏が主催した「鍼灸トポロジー学武会」をルーツとする様々な団体が実践する治療スタイルをまとめていました。
古書に描かれていた気の世界観、それを発展させた気診、印気、Oリング、入江フィンガーテストなどです。

第5章 新しい気の治療
第4章に挙げた気の治療家達の、現状での取り組みが紹介されていました。
前述の学会の知見に触れた人とその後継者たちで、次のような人々です。
 大村恵昭(Oリング)ー北出利勝・福岡明
 入江正(フィンガーテスト)ー古江嘉明
 小田一(Oda test)ー小田伸悟
 有川貞清(始原東洋医学)ー山野隆
 井上末男(井上式気診法)
新しい時代を切り開くユニークな技法の数々が披露されていました。

本書はこのように鍼灸全体を概観しながら、新しい治療システムを構築しようという気概に満ちたものでした。
それぞれの項目を各流派の第一人者が執筆しているので、深みのある論が展開されていました。
膨大な情報量を扱っているので、その交通整理だけでも並大抵でない苦労となったことが想像できました。
ただ冒頭の序文でも触れられていましたが、初版出版以降15年を経過しても著者らによる「新しい鍼灸医学」の構築が進展しているように思えない点が残念でした。
当時の執筆者の多くが学外に流出して、深刻なマンパワー不足に陥ったことも原因の一端なのかもしれません。
それでも未来を見据えた希望をにじませた内容で、読み応えのある好著だと思います。

新・医療ビジネスの闇: “病気産生”による日本崩壊の実態 崎谷 博征

闇を覗いた医師が放つ警告

著者は総合内科医としてクリニックを運営する医師です。
著者はガンや難病患者と向き合う中で感じた疑問点を、世界中の医学文献や資料などに当たりながら丁寧に調べ上げていました。
その結果、底が見えないほど深い闇の奥を覗いてしまい、戦慄しながらもまとめたものが本書です。
個人的に感銘を受けた内容を列挙します。

・批判の矢面に立たされる医師や病院の後ろにある巨大なシステムこそが問題。
・削減される医療費の中で、唯一高騰を続ける薬代と背後の薬剤メーカー。
・製薬、石油、金融機関は三位一体で支配体制を構築している現状。
・近代医療という名の下に医療行為を独占してシステム化を進めた黒幕の存在。
・薬は急性症状緩和には役立つが、長期的に完治に導くものは1つもない。
・新薬の臨床実験は援助の名で途上国で行なわれてきた。
 日本は途上国でないが属国ゆえにタミフル子宮頸癌ワクチンが押し付けられた。
ガイドラインの薬剤選択は編集委員の多数決で、エビデンスの欠片もない。
エビデンスの拠り所となる一流紙の掲載論文は、製薬会社の意向が反映。
・医師は抗癌剤の無効性を知っているので、自分が癌になっても抗癌剤を拒否する。
複雑系が司る人体は近代医学で治療はできない。

現代医療の抱える様々な問題点は断片的に語られることがあっても、歴史、経済、資本家、世界などの多面的な視点からアプローチしたものは少なく、そうした点から本書の持つ意義は非常に大きいと思います。
こうした書籍を発表する多大なリスクを承知の上で出版を決めた現役医師の勇気は素晴らしいと思います。
お薦めです。

自然療法が「体」を変える―免疫力が増幅する“クスリを使わない”医学 東城 百合子

実践で磨かれた民間療法

できるだけ病院や薬の世話にならずに身近な食物や素材を利用した「健康維持」「病気治療」の手段を解説したものです。
全体として
 ・自然療法についての著者の考え方
 ・著者の指導による体験談
 ・症例ごとの処方
に分かれています。

サプリメントとファーストフードによる日常生活、病院への通院や薬を飲むことに慣れた現代人からすると時代遅れの印象を受けるかもしれませんが、元々病弱だった著者が自ら実践して来た治療法は説得力がありました。系譜としては、同じように自らの実践によって培われた築田多吉氏の「赤本」に連なるもののように思います。
本書には様々な民間療法について解説されていましたが、個人的に温灸で用いる次のような経穴について興味深いと思いました。
 難病 :秘穴(外果周辺に1寸の円を描き、その下に直径分の三角を描く3点)
 夜間尿 :拇指中央(中大敦)
自身で実践していないのでその効果について述べる立場にないのですが、とても興味深い内容でした。
 

「長生き」したければ、食べてはいけない!?/ 船瀬 俊介

少食の効果を熱く語る

様々な実例を挙げながら少食の効用を熱く説いた本です。
美食で苦しみの晩年を過ごした正岡子規、二週間もの間わずかな食事だけで元気に生還を果したチリ生き埋め作業員たち、少食で難病を治療する医師、不食のインド人行者などの例に挙げながら食事の量が健康に及ぼす影響をわかりやすく述べていました。

またこれらの実例が個人的にたまたま起こったケースでないことを証明するために、アメリカの有力議員がまとめたマクガバンレポートや、米英中の三国で行なった合同調査を総括したチャイナスタディで「過剰な食事が様々な疾患を招くこと、逆に小食を行なうことで疾病にかかりにくくなり、寿命が延びていること」がレポートされていたと紹介されていました。

そしてこのような事実から、未だ明らかになっていないものの著者が確信する少食に適応する人体のシステム、陰謀論に基づくマスコミの動向なども述べられていました。著者は元々消費、経済、環境問題を追及するジャーナリストで、随所に熱い想いが過激に述べられていました。とてもおもしろく、読了まであっと言う間でした。

シニアの品格 /小屋一雄

人はいくつになっても成長できる

著者の小屋一雄氏(1966〜)はコーチングを得意とする人材コンサルタントです。
本書は著者の経験を元に描いた物語です。

小屋氏は東京生まれで、神奈川大学在学中に海外留学を経験したことから、海外志向が強まりました。
卒業後は三菱自動車、生保のAIGゼネラルモーターズ、イタリアン・アパレルのゼニアなど国内外の企業に勤務しました。
そして2009年に人材育成コンサルタント会社「ユーダイモニア・マネジメント」を起業して、現在に至ります。

本書は著者の「企業向けのコーチング」経験を元にしたもので、定年間近のサラリーマンが心のこわばりを解いて成長する姿を描いていました。
主人公は大企業に勤める59歳のサラリーマン「東条」です。
ニューヨーク支社長を勤めるなど順調に出世しましたが、部下の不祥事で帰国して年下の上司に仕えることとなりました。
鬱々とした日々を過ごす中で88歳の「奥野老人」と出会い、様々な気づきを得て成長していきます。
奥野老人の教えは次のような対話で進んでいきました。
・判断せずに「傾聴」に徹することで、相手は自ら答えを見い出していく。
・相手を変えようとしてはいけない。変えられるのは自分だけだから。
・相手の立場を想像する「エンプティチェア」で、相手の気持ちや良い面がわかる。
・長所の裏にある「弱さや欠点」を大切にすると、自分の使命もわかってくる。
・宇宙空間に一人ぼっちだと想像したなら、仲間がいるありがたみを実感できる。
・日記で気づく幸せ。

フィクションですがリアリティがあり、読み始めるとページを閉じることができなくなりました。
そして最後ページでの主人公の独白には胸が一杯になり、込み上げてくるものがありました。

「もうお金も大して残っていませんが、少しも惨めに感じていないんです。
 むしろ今までになく、やさしさに包まれているような気がします。
 本当にここは美しい世界だ。
 たとえ死が近づいているとしても、もう怖くはありません。
 それよりも、今ここでこう感じられていることがとても幸せなんです。
 ・・・奥野さん、これでいいんですよね。
 私の人生は、これで良かったんですよね。」

単なる物語を超えた力のある文章で、読み応えがありました。

ひとりきりのとき人は愛することができる/ アントニー デ・メロ

自分の中にある幸せに気付くために

者のアントニー・デ・メロ氏(1931-87)は、キリスト教の司祭です。
本書は世界の本質と幸せについての著者の思いを、エッセイの形で示していました。

著者のメロ氏はインドのボンベイ(現ムンバイ)で生まれ、長じてイエスズ会で司祭になります。
しかしキリスト教に留まらずに、スペインで哲学、アメリカで心理学を学び、生まれ故郷のインドに帰国して東西哲学の統合を目指しました。
満を持して世に出てカウンセリング研究所を主催し、最期はニューヨークで客死(かくし)しました。

本書は「黙想」という名で31の項目がまとめられ、著者の考え方を述べていました。
その名のとおり、メロ氏が長年の思索でたどり着いた叡智の数々が披露されていました。
前書きでは同僚の司祭が寄稿していて、本書を「司祭の講釈」ではなく「神秘家の回想録」だと評し、親身な推薦の言葉を添えていました。
本編は初めに聖書の文言を引用し、そこから幸せや世界の本質について著者の考え方が述べられていました。
一見するとエッセイのように読めますが、奥深い思想の一端が示されていると感じました。

「人はコンピュータのように、外界の情報に自動的に反応しているに過ぎない。
 怒り、喜び、恐れ、不安、苦しみをもたらすのは、『誰か』でなく、『あなた』の心だ。
 外部の誰かに依存し、賞賛や成功を求め、軽蔑に怯えて奴隷のようにふるまっている。
 あなたの感情を観察し続けるなさい。
 そうすれば気付きへと至るから。」

現代社会は『不足ゆえに幸せになれない』という誤解を、人々に刻印している。
 カネ、権力、成功、同意、人望、愛、友情、神・・・。
 私たちはこれらのものに執着、依存して、エネルギーの大半を消耗している。
 常に不安で、時々スリルや快楽を得てもやがて倦怠に転じ、また不安に戻る。
 幸せになるには、ただ執着を捨てて『わたし』であればいいのだよ。
 そもそも幸せとは『外』ではなく、『あなたの内』に既にあるのだから。」

「『真理』にはひとりで歩いて、自分の力で到達しなければならない。
 1人きりの時、私たちは『沈黙』を見るのだ。
 見た瞬間から、本も、ガイドも、導師も、何もいらなくなる。
 この全くの孤独の中でだけ、依存と願望が消え、愛する能力が生まれる。
 するともう自分の渇望を満たす道具として、他人を見ることはない。」

「『愛』は分け隔てせず、報酬も求めず、存在自体が喜びなので自意識もない。
 そして自由だ。」

全部で180ページほどの薄い本ですが、重厚なテーマで読了まで時間がかかりました。
要約するのが難しく、実際に手にとってみないと本書の味わい深さはわからないと思います。
読み応えのある良本でした。

幸せになる技術―心の目覚めのための21のエクササイズ /スリクマー・S. ラオ

手のひらにある幸せに気づくために

著者は米国コロンビア大学ビジネススクール客員教授「スリクマー・ラオ氏」です。
本書は同大学で開講されている「幸せのための戦略」講義を文字起こししたものです。

ラオ氏はインド系のアメリカ人で、幼少期はミャンマーで過ごすなど、東洋にルーツを持っています。
大学時代は物理学を専攻し、卒業後は企業でのコンサルタントを勤めながら「幸せのための哲学」を体系化しました。
そして大学に戻ってそれらを講義したところ評判となり、受講者が殺到する人気となっています。
本書はそのコロンビア大学MBAスクールでの講義を本にしたもので、次のような内容でした。

「この世界は幻で、自分なりの世界観で『解釈』しているに過ぎない。
 幸せな世界を望むなら、今より『ちょっと』マシな現実を本物のように演じることだ。
 初めは演技でも大丈夫。これから少しずつ現実になっていくのだから。」

「自分や他人を裁き、動揺を誘う『心のお喋り』に常にさらされていることを知る必要がある。
 このお喋りに惑わされず、心を今に集中し、丁寧に、几帳面に毎日を過ごしなさい。」

「世界は心にあるものを引き寄せ、実現していく。
 例えば恋人が欲しいなら、『そのような自分』になるよう力を注ぐ必要がある。
 欲しいものがあるなら、『それを持つにふさわしい自分』になるよう努力しなさい。」

「『心からの感謝』を抱くことを日常の習慣にしなさい。
 ありがたいと思うことが多くなると、ありがたいと感じる出来事も増えていく。
 一方でネガティブな発言を口にすると、そうした出来事が起こるので注意しなさい。」

本書の内容は、古来から聖人、宗教家、宇宙人(?)たちが繰り返し語ってきたことで、目新しいものではありません。
しかし白眉なのは著者が自身の経験や様々な喩えを引きながら巧みに解説していることで、心に響きました。
これが実業界のリーダーを育てるMBAで講義されていることを思うと、ユニークな試みだと思います。
本書の冒頭で、目指すべきリーダー像を次のように示していて印象的でした。

「真理を知るリーダーが目指すのは、『奉仕』であって自己の利益追及ではない。
 こうしたリーダーは、自分だけの利益よりも万民の幸福を優先することで成長する。
 逆説的だが、無私になることでかえって自己を向上させるのだ。」