森の書庫

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明るいチベット医学/ 大工原 弥太郎

大工原 弥太郎 (1944ー)はチベット医学僧として活躍した日本人です。
本書は実践者の目を通してチベット医学を語ったものです。


著者は横浜に生まれ、幼少期から仏教に深い関心を寄せていました。
12歳で出家して手に入るだけの経典を読み続け、20歳頃には国内のものをあらかた読んでしまいました。
日本にはおよそ290の経典がありますが、これは原典のごく一部に過ぎず、しかも中国訳によるフィルター越しのものでした。
原典は4800部もあり、それらを正確に保存しているチベット仏教への興味が自然と深まりました。
来日していたチベット学僧の押しかけ弟子となり、師の帰国に同行してラマ僧院の門を叩きました。

チベット仏教は宗教、哲学のほか、天文学、文法、物理、数学、医学、薬草学などを1つの体系として学びます。
大工原氏はまず教養を身につけ、専門として医学を含む「密教コース」を選択しました。
仏教には大乗、小乗、密教(=金剛乗)があり、密教とは「専門技術を身につけて仏に代わって世に尽くすための教え」です。
そのためには知識や技術だけでなく、厳しい修行に臨むことが求められました。
著者は極寒の洞窟内にたった1人で過ごし、極度の断食で五感を高めるなどの訓練を続け、見事に卒業を果たします。
僧医となると遊牧民たちと交わり、聖地巡礼で訪れたインドに住み着いて診療所を開くなど自由に医術を研鑽しました。
無償で診療したので毎日300人の村人が訪れるようになり、日本からのバックアップを受けて「光明施療院」という中規模診療所へと成長しました。
執筆当時で実に16年もの長期にわたって根を下ろし、インドの伝統医学も学んで医術に深みを増していました。

本書はこうした著者のユニークな生が描かれていて、興味深く読みました。
まだ海外へのハードルが高かった時期に、自らの好奇心を追求した人がいたとは驚きました。
文章も巧みで伝統医学や密教の原理をわかりやすく綴っていて、一気に読了しました。