森の書庫

読んだ本のレビューを残しています。

薬なしで生きる ~それでも処方薬に頼りますか~ /岡田 正彦

著者の岡田氏は新潟大学医学部の教授で、医療統計学を専門としています。
本書は、専門である統計学を駆使しながら「薬が本当に効果があるのか」を検証していました。

 昨今のトレンドはEBMで、これを錦の御門にしながら、私たちの日常の様々なシーンがクスリによって彩られています。
しかし「そのEBMというのは本当にあてになるのだろうか?」「実際に飲んだ人と飲まない人の比較はしているのか?」。
著者は冒頭で問いかけます。
驚いたことにそうした研究はあまりなされておらず、90年代になった頃に初めて行なわれたそうです。
結果はほとんど効果がないか、あっても「寿命が数ヶ月延びる」などの微妙なものだったり、予想もしなかった副作用があって、むしろ使わないほうがいいのではないかと思われるものでした。
ではそもそも認可されている薬は当初にどのような基準を求められたかというと、治験期間はせいぜい1年程度で、血圧の薬などのように10年以上飲み続けてどうなるかはデータもなく、現在、実地で実験している未知の領域だとされています。

またその統計処理もかなり杜撰なものでした。
たとえば都合の良い結果となったデータだけをピックアップしたり、長期間のデータのうち都合の良い結果が出た時点で調査を切り上げ、その後に出た都合の悪い結果を隠蔽しているケースもありました。
他にもガイドラインを作る際に、その委員に製薬会社から莫大な報酬が支払われていたり、委員会内部で権威を持つ人の意向が反映されたりと人的な問題もあるようです。
こうした大量の薬の処方は国家の財政を揺るがす莫大な医療費となっていて、特に慢性疾患の薬と一粒数万円ともなる抗癌剤はドル箱です。
それらが本当に効果があるのかわからない、というのは大きな問題だと感じました。

個別の項目で興味を持ったのは抗癌剤や癌検診についてです。
データで胃癌による死亡率はここ数十年で確かに減少していて、早期発見が効を奏したとされています。
ところが胃癌検診の受診率と死亡者の相関関係は一致しておらず、結果として胃癌の早期発見は死亡率の減少とは無関係と推定されます。
また一方で大腸癌は検診率が上昇し、抗癌剤が進歩しているとされているにもかかわらず、ここ50年は一貫して死亡率が上昇しています。
これらのことから著者は「癌は成長するものとしないものの2種類があり、治療してもしなくても結果は変わらない」という結論を導いていて、これは近藤誠氏の提唱する「癌もどき」論と同一のものでした。
そしてこのことの証明として、癌検診はいくら受けても「寿命が延びない」ことはデータ上証明されているとしています。

一方で類書とは異なる著者の見解が幾つか見られました。
1つはコレステロールを下げるスタチン系の薬で、類書では筋肉を溶かす副作用について警告されていましたが、本書ではよほど大量に飲まない限りは大丈夫だとしていました。
また過剰な糖質が糖尿病を越えて害となる可能性についても言及されておらず、炭水化物とタンパク質と脂質のバランスを重視した食生活を推奨していることについては疑問を感じました。

本書は専門的な内容にも踏み込んだものですが、著者の解説はわかりやすく、生理的な機序なども丁寧に説明されていて、好感を持ちました。
そして、その出色とも言えるわかりやすさから、これまでの自身の知識を確認するのに役に立ち、最終的に付箋だらけになってしまいました。
お奨めです。