森の書庫

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新しい鍼灸診療 第2版 /篠原 昭二

新しい鍼灸の医学を作る

本書は2006年に発行された『新しい鍼灸診療』の改定第2版です。
鍼灸医学について伝統、現代、気の3分野を網羅的に取り扱ったテキストで、編集担当を増員して新たな項目を追加・改定していました。

本書は「新しい鍼灸医学を再構築すること」を目指して2006年に上梓されました。
編集・執筆は明治鍼灸大学(当時)の教員が中心となっていました。
同学は「東西両医学の統合」を基本コンセプトとしていたため、現代医学と伝統医学の両方に精通していました。
2003年には霊性などを研究する学術団体「人体科学会」の年次大会「気を認知する」の運営に携わったことから、「気の医療」関係者とも交友を深めました。
こうした経緯から、現代医学、伝統医学、気の医学という3つの領域の医学を網羅的に扱い、新しい鍼灸医学構築の橋頭堡となることを志向して出版されたようでした。
本書はそれから15年を経て2019年に改訂されたもので、新たに「北辰会方式」「VAMFIT:経絡系治療システム」「経筋治療」の3項目が追加されていました。

内容は次のようなものです。
第1章 鍼灸医学を創造的に再構築する
鍼灸の根源を探るため、哲学や歴史を俯瞰しながらトポロジーを見出し、抽象度を上げながら現状と課題を探っていました。
新しい鍼灸医学構築に向けた導入部分となっています。

第2章 鍼灸医学の現状
現代日本で行われている、鍼灸の現状を俯瞰していました。
伝統鍼灸をはじめに概観し、経絡治療、トリガーポイント、中医学の診断・治療法を解説していました。
特に伝統鍼灸は基本の四診法を詳細に記述し、専門書と比較しても遜色のないレベルの内容でした。
その上で、同大が構想する治療システムを提示していました。
それは病因を外感・内傷に分類し、病位を経筋・経絡・臓腑で把握し、診断を脈診と切診、治療を五行穴や触診で行うというものです。
ここが本書の最重要部分だと感じましたが、あっさりした記述となっていました。

第3章 伝統鍼灸の新しい潮流
日本で伝わってきた伝統鍼灸をベースにした、新しい鍼灸実践者たちのスタイルをまとめてました。
北辰会、VAMFIT、新経筋治療などです。
このうち北辰会は、伝統的な中医学の世界観を臨床の中で洗練させたものです。
四診を丁寧に行い、打鍼と古代鍼という刺さない鍼と豪鍼を使い、少数穴で治療するというものでした。
VAMFITは「Verification of Affected Meridians For Instantaneous Therapy」の略で、和訳すると「即興治療のための変動経絡の確定システム」になります。
経絡治療を元に構築した技法で、精気の虚で生じた臓腑経絡の異常を特定の経穴で修正するというものです。

第4章 先鋭的な気の治療
伝統鍼灸の根幹をなす「気」を用いた前衛的な研究グループを紹介していました。
間中喜雄氏が主催した「鍼灸トポロジー学武会」をルーツとする様々な団体が実践する治療スタイルをまとめていました。
古書に描かれていた気の世界観、それを発展させた気診、印気、Oリング、入江フィンガーテストなどです。

第5章 新しい気の治療
第4章に挙げた気の治療家達の、現状での取り組みが紹介されていました。
前述の学会の知見に触れた人とその後継者たちで、次のような人々です。
 大村恵昭(Oリング)ー北出利勝・福岡明
 入江正(フィンガーテスト)ー古江嘉明
 小田一(Oda test)ー小田伸悟
 有川貞清(始原東洋医学)ー山野隆
 井上末男(井上式気診法)
新しい時代を切り開くユニークな技法の数々が披露されていました。

本書はこのように鍼灸全体を概観しながら、新しい治療システムを構築しようという気概に満ちたものでした。
それぞれの項目を各流派の第一人者が執筆しているので、深みのある論が展開されていました。
膨大な情報量を扱っているので、その交通整理だけでも並大抵でない苦労となったことが想像できました。
ただ冒頭の序文でも触れられていましたが、初版出版以降15年を経過しても著者らによる「新しい鍼灸医学」の構築が進展しているように思えない点が残念でした。
当時の執筆者の多くが学外に流出して、深刻なマンパワー不足に陥ったことも原因の一端なのかもしれません。
それでも未来を見据えた希望をにじませた内容で、読み応えのある好著だと思います。