森の書庫

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身体が「ノー」と言うとき: 抑圧された感情の代価 /ガボール マテ

著者はカナダの医学博士ガボール・マテ氏で、本書は難病と心理的葛藤との関係を考察したものです。

 「心と体は密接に関連している。」
近年でこそ日本でもそうした認識が見られるようになりましたが、少し前までは心の問題は「気のせい」と切り捨てられて議論の俎上に登ることはありませんでした。
しかし現在では「ストレスが自律神経に関わる疾患を引き起こすこと」や、「鬱病との関係」で知られるようになっています。
本書では経験豊かな医師である著者が、日々の臨床で接してきた患者や著名人の回想録などを紐解きながら、癌や膠原病などの難病患者に特有の葛藤や抑圧について詳細な考察がされていました。

特に印象に残っているのは次のような記述です。
 ・ストレスに対する体の反応は脳下垂体−副腎−ステロイド分泌が軸となる。
  ステロイドは全ての組織に影響し、免疫抑制・腸管出血・癌を引き起こす。
 ・慢性疾患を持つ人は自分の人生を主導的に生きていないことが多い。
 ・ALS患者は、仕事中毒のように多忙な生を生きてきた人だ。
 ・親との心の断絶・怒りの抑圧・過度な利他性を示すのは乳癌患者に多い。
 ・脳は神経とホルモンを使って、胸腺・骨髄など免疫中枢、副腎・生殖器と会話する。
 ・黒色腫は白い肌、紫外線、感情の抑圧など複数の要素が重なって発症する。
 ・プラシーボは単に「想像力の勝利」とか「気の持ちよう」ではない。
  実際に思考や感情により誘発されるが、完全に生理的な現象である。
 ・幼少期に経験した緊張は脳の前頭皮質を活性化させ過剰に覚醒させる。
 ・有用性への固執は不具・幼児・老人が「役に立つ」ことを証明しようと苦しめる。
  だが、そうではない。
  大切なのは【人は役に立たなければ価値がないという考えを拒否すること】。
  我々は経済的な貢献がないと見捨てられてしまうと思い込まされている。
 ・幹細胞の運命は遺伝子ではなく、周囲の環境との相互作用で決まる。
 ・言葉にできない拒否は、体の不具合として現れることがある。
  体が「何を拒否しているのか」を真剣に問わなければならない。
  安易なポジティブ思考に逃げると、新たなストレスを生み出す。

本書の白眉は、ともすればオカルティズムと地続きにあるこうした心理的葛藤を、可能な限り免疫や脳、ホルモンの関係といった解剖生理に基づいてわかりやすく解説されていることです。
また翻訳も英文特有のノイズを感じさせない見事なものでした。