森の書庫

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シニアの品格 /小屋一雄

人はいくつになっても成長できる

著者の小屋一雄氏(1966〜)はコーチングを得意とする人材コンサルタントです。
本書は著者の経験を元に描いた物語です。

小屋氏は東京生まれで、神奈川大学在学中に海外留学を経験したことから、海外志向が強まりました。
卒業後は三菱自動車、生保のAIGゼネラルモーターズ、イタリアン・アパレルのゼニアなど国内外の企業に勤務しました。
そして2009年に人材育成コンサルタント会社「ユーダイモニア・マネジメント」を起業して、現在に至ります。

本書は著者の「企業向けのコーチング」経験を元にしたもので、定年間近のサラリーマンが心のこわばりを解いて成長する姿を描いていました。
主人公は大企業に勤める59歳のサラリーマン「東条」です。
ニューヨーク支社長を勤めるなど順調に出世しましたが、部下の不祥事で帰国して年下の上司に仕えることとなりました。
鬱々とした日々を過ごす中で88歳の「奥野老人」と出会い、様々な気づきを得て成長していきます。
奥野老人の教えは次のような対話で進んでいきました。
・判断せずに「傾聴」に徹することで、相手は自ら答えを見い出していく。
・相手を変えようとしてはいけない。変えられるのは自分だけだから。
・相手の立場を想像する「エンプティチェア」で、相手の気持ちや良い面がわかる。
・長所の裏にある「弱さや欠点」を大切にすると、自分の使命もわかってくる。
・宇宙空間に一人ぼっちだと想像したなら、仲間がいるありがたみを実感できる。
・日記で気づく幸せ。

フィクションですがリアリティがあり、読み始めるとページを閉じることができなくなりました。
そして最後ページでの主人公の独白には胸が一杯になり、込み上げてくるものがありました。

「もうお金も大して残っていませんが、少しも惨めに感じていないんです。
 むしろ今までになく、やさしさに包まれているような気がします。
 本当にここは美しい世界だ。
 たとえ死が近づいているとしても、もう怖くはありません。
 それよりも、今ここでこう感じられていることがとても幸せなんです。
 ・・・奥野さん、これでいいんですよね。
 私の人生は、これで良かったんですよね。」

単なる物語を超えた力のある文章で、読み応えがありました。

ひとりきりのとき人は愛することができる/ アントニー デ・メロ

自分の中にある幸せに気付くために

者のアントニー・デ・メロ氏(1931-87)は、キリスト教の司祭です。
本書は世界の本質と幸せについての著者の思いを、エッセイの形で示していました。

著者のメロ氏はインドのボンベイ(現ムンバイ)で生まれ、長じてイエスズ会で司祭になります。
しかしキリスト教に留まらずに、スペインで哲学、アメリカで心理学を学び、生まれ故郷のインドに帰国して東西哲学の統合を目指しました。
満を持して世に出てカウンセリング研究所を主催し、最期はニューヨークで客死(かくし)しました。

本書は「黙想」という名で31の項目がまとめられ、著者の考え方を述べていました。
その名のとおり、メロ氏が長年の思索でたどり着いた叡智の数々が披露されていました。
前書きでは同僚の司祭が寄稿していて、本書を「司祭の講釈」ではなく「神秘家の回想録」だと評し、親身な推薦の言葉を添えていました。
本編は初めに聖書の文言を引用し、そこから幸せや世界の本質について著者の考え方が述べられていました。
一見するとエッセイのように読めますが、奥深い思想の一端が示されていると感じました。

「人はコンピュータのように、外界の情報に自動的に反応しているに過ぎない。
 怒り、喜び、恐れ、不安、苦しみをもたらすのは、『誰か』でなく、『あなた』の心だ。
 外部の誰かに依存し、賞賛や成功を求め、軽蔑に怯えて奴隷のようにふるまっている。
 あなたの感情を観察し続けるなさい。
 そうすれば気付きへと至るから。」

現代社会は『不足ゆえに幸せになれない』という誤解を、人々に刻印している。
 カネ、権力、成功、同意、人望、愛、友情、神・・・。
 私たちはこれらのものに執着、依存して、エネルギーの大半を消耗している。
 常に不安で、時々スリルや快楽を得てもやがて倦怠に転じ、また不安に戻る。
 幸せになるには、ただ執着を捨てて『わたし』であればいいのだよ。
 そもそも幸せとは『外』ではなく、『あなたの内』に既にあるのだから。」

「『真理』にはひとりで歩いて、自分の力で到達しなければならない。
 1人きりの時、私たちは『沈黙』を見るのだ。
 見た瞬間から、本も、ガイドも、導師も、何もいらなくなる。
 この全くの孤独の中でだけ、依存と願望が消え、愛する能力が生まれる。
 するともう自分の渇望を満たす道具として、他人を見ることはない。」

「『愛』は分け隔てせず、報酬も求めず、存在自体が喜びなので自意識もない。
 そして自由だ。」

全部で180ページほどの薄い本ですが、重厚なテーマで読了まで時間がかかりました。
要約するのが難しく、実際に手にとってみないと本書の味わい深さはわからないと思います。
読み応えのある良本でした。

幸せになる技術―心の目覚めのための21のエクササイズ /スリクマー・S. ラオ

手のひらにある幸せに気づくために

著者は米国コロンビア大学ビジネススクール客員教授「スリクマー・ラオ氏」です。
本書は同大学で開講されている「幸せのための戦略」講義を文字起こししたものです。

ラオ氏はインド系のアメリカ人で、幼少期はミャンマーで過ごすなど、東洋にルーツを持っています。
大学時代は物理学を専攻し、卒業後は企業でのコンサルタントを勤めながら「幸せのための哲学」を体系化しました。
そして大学に戻ってそれらを講義したところ評判となり、受講者が殺到する人気となっています。
本書はそのコロンビア大学MBAスクールでの講義を本にしたもので、次のような内容でした。

「この世界は幻で、自分なりの世界観で『解釈』しているに過ぎない。
 幸せな世界を望むなら、今より『ちょっと』マシな現実を本物のように演じることだ。
 初めは演技でも大丈夫。これから少しずつ現実になっていくのだから。」

「自分や他人を裁き、動揺を誘う『心のお喋り』に常にさらされていることを知る必要がある。
 このお喋りに惑わされず、心を今に集中し、丁寧に、几帳面に毎日を過ごしなさい。」

「世界は心にあるものを引き寄せ、実現していく。
 例えば恋人が欲しいなら、『そのような自分』になるよう力を注ぐ必要がある。
 欲しいものがあるなら、『それを持つにふさわしい自分』になるよう努力しなさい。」

「『心からの感謝』を抱くことを日常の習慣にしなさい。
 ありがたいと思うことが多くなると、ありがたいと感じる出来事も増えていく。
 一方でネガティブな発言を口にすると、そうした出来事が起こるので注意しなさい。」

本書の内容は、古来から聖人、宗教家、宇宙人(?)たちが繰り返し語ってきたことで、目新しいものではありません。
しかし白眉なのは著者が自身の経験や様々な喩えを引きながら巧みに解説していることで、心に響きました。
これが実業界のリーダーを育てるMBAで講義されていることを思うと、ユニークな試みだと思います。
本書の冒頭で、目指すべきリーダー像を次のように示していて印象的でした。

「真理を知るリーダーが目指すのは、『奉仕』であって自己の利益追及ではない。
 こうしたリーダーは、自分だけの利益よりも万民の幸福を優先することで成長する。
 逆説的だが、無私になることでかえって自己を向上させるのだ。」

漢方治療44の鉄則―山本巌先生に学ぶ病態と薬物の対応 坂東 正造

病名漢方という概念

漢方の名医と言われた故「山本厳医師」の漢方処方の理論を、弟子の坂東医師が著したものです。
山本氏は日本漢方、中医、現代医学の3つの分野を広く学び、独自の理論を構築して治療に当たっていました。

本書では病態にあわせて山本氏が処方していた方剤や、処方のヒントとして「山本厳先生語録」として同氏の肉声が掲載されていました。
山本氏は伝統中医学で用いられる「証」に頼らない、「病名漢方」という分野を確立しようとしていました。
これは「証」が曖昧で、個人的な経験に左右されやすいことなどを理由として挙げていました。
また書中の「エキス剤程度の量では十分な効果は望めず、処方すべき量はずっと多くなければならない」や、「漢方は本来即効性があり、処方が合っていれば15分程度で効果が出る」というのは驚かされました。
漢方を扱う専門家にとって本書から得るものは非常に大きいと思いました。

ヴィジョン―次元のベールを超えて見た地球の未来 /トム ブラウン・ジュニア

老インディアンの教え

著者のトム・ブラウン・ジュニア(1950ー)は幼少時に古老のインディアンから伝統部族の教えを学び、アメリカでサバイバルスクールを運営しています。
本書は著者の半生と、古老から学んだ智恵を説明していました。

著者は7歳の時にリパン・アパッチ族の「忍び寄りのウルフ」と呼ばれるインディアン「グランドファーザー」と出会いました。
グランドファーザーは部族の戦士で、同時にシャーマン、ヒーラーでもありました。
北米大陸を放浪して様々な部族と交流し、絶対なる真理を求めていました。
そして彼の孫リックと共に10年に亘って多くの教えを受けます。
それはサバイバル、獲物の追跡法、霊的な世界のことなど多岐に及んでいました。
訓練はリックと三人で森の中で行なわれ、自然の中で生き残る技、霊的な啓示を受ける術、精霊との交流方法などが教授されました。

本書はグランドファーザから受けた教えをまとめたものです。
20の章で分けられ、各テーマごとにグランドファーザーと過ごしたエピソードを取り上げて啓示的な考察がなされていました。
それらは美しい文章で詩的な響きにあふれていて、胸打たれました。

「自分の心に問うて欲しい。
 自分は幸せだろうか?
 人生は冒険と喜びに満ちているだろうか?
 心は平和と愛で満たされているだろうか?
 もしそうでないなら、あなたにはビジョンが必要だ」

「多くの人が、金や権力に支配され、嫌いな仕事をしている。
 働けば名声や預金残高や立派な家が手に入ると信じて。
 好きになれない人生を送り、不機嫌な表情で仕事に向かう。
 家には急いで帰ってきてテレビを見る。
 毎日がその繰り返しで、心の中の絶望をごまかしていたのだ。」

「自然から採ったものは、全て命という贈り物だ。
 彼らは私たちのために、自分の命を諦めてくれたのだ。
 だから命を称え、感謝を込めて、誠実に生きなければならない。
 私たちが殺した命は、私たちの中で共にあるのだから。」

「狩りの獲物となった小さな鹿への思いを大切にしなさい。
 そして地面から引き抜いた草も同じように扱うのだ。
 その時、お前は初めて全ての存在と1つとなれるだろう。」

「ヒーラーへの道のりは困難な旅となるだろう。
 孤独な挑戦、痛み、自己犠牲に耐えなければならないのだ。
 そして一度決心したらもう後戻りはできない。
 自分のヴィジョンを生きないのは死んでいるのと同じだからだ。」

同氏は78年に「追跡者Tracker」を出版以来、「探索 Searcher」「探求 Quest」「旅 Journey(翻訳版は未発売)」「老賢者 Grandfather」などの多数の著書があり、本書は88年に出版された「啓示 Vision」の翻訳にあたります。
この分野に詳しい翻訳者が担当しているので、わかりやすく、丁寧な翻訳でした。
本書で語られるインディアンの教えは、世界中の伝統文化で伝えられる教えと共通のエッセンスを感じました。
著者と同様に白人でインディアンの後継者になったカルロス・カスタネダ、ロシアの隠者アナスタシア、中国の道家や気功家たち、チベットのシャーマン、英国の魔術師など。
ブラウン氏の著書を読むのは「Quest」に続いて二作目になりますが、心引かれるものがあり、他の著書も手に取ってみようと思います。

無病法/ルイジ・コロナロ

少食健康法を説く古典

著者はルネサンス期のイタリア貴族のルイジ・コルナロ氏。
同氏は不摂生で体調を崩し、医師の勧めもあって少食を実行することで健康を取り戻したばかりか、驚異的な健康状態のまま102歳という長寿を全うしました。
本書は氏が残した手記を翻訳し、現代医学に基づいた解説を加えたものです。
コルナロ氏の一回の食事内容は170gほどの食べ物と400ccほどの飲み物(ワイン)で、これを日に2回とっていました。
日本で言うなら茶碗1杯程度の食事とコーヒ一杯程度になります。
しかし彼は病気知らずのまま元気に過ごし、心が穏やかで忍耐強くなり、運命も好転して幸せな晩年をすごしました。

少食をすることでこのような健康と幸運に繋がるいうことは日本でも実践者が伝えています。
例えば江戸時代の水野南北から、現代でも甲田光雄氏、森美智代氏、石原結實氏などが食を慎むことで健康に恵まれ精力的に毎日を生きることが出来ると説いています。
そして少食の効果が彼らの個人的な経験に留まらない可能性があることを、アメリカのマクガバンレポートや中国のチャイナスタディによる大規模調査でも告げていました。
しかし少食で病気知らずでいられるという事実は医療、食品、保険などの経済界の意向に反するせいかほとんど報道されることなく今も世には飽食が蔓延しています。

私自身も偶然から1日1食の少食生活を実践するようになり、本書に述べられているような効果があることを感じています。
具体的には病気知らずで疲れにくくなり、夕方に食べるその日初めての食事に感謝しながら穏やかな気持ちで過ごし、体重も10代の頃に戻りました。
それでも時々付き合いなどで誘惑に負けるとペースを崩してしまうことがあり、こうした本は怠惰な自身を励ます意味でも助かっています。
少食の効果を分かりやすく説いてくれる本書は、たとえそれを実践することがなくても有用な本だと思います。

総合診療医が教える よくある気になるその症状 レッドフラッグサインを見逃すな! /岸田 直樹

調剤薬局での症候診断ガイド

著者は総合診療、感染症を専門とする岸田直樹氏です。
本書は調剤薬局の服薬指導を想定した症候診断マニュアルです。

著者は北海道で生まれ、函館ラサールから東工大に進学します。
のちに旭川医大を再受験し、卒業後は内科・感染症を専門にキャリアを積みました。
現在は総合診療科へウィングを広げて活躍していて、本書もその一端として執筆されました。

本書は、薬剤師が患者さんに対して行う症候診断のために編集されたテキストです。
薬剤師を対象に「薬局でよく尋ねられる症状」と「薬局で尋ねられて困る症状」についてアンケートをとり、上位となった症状を取り上げていました。
具体的には、風邪、痛み(頭痛・膝痛・腰痛)、消化器症状、めまい、倦怠感です。
5項目というと少ない印象ですが、それぞれ丁寧にまとめられて奥行きを感じさせるものでした。
特に感染症は著者の専門なので、わかりやすく説明されていました。

巻末には付録として、OTC薬の成分一覧が掲載されていました。
風邪薬、解熱鎮痛薬、鎮咳去痰薬、胃腸薬、止瀉薬を、指定第二類と第二類の医薬品からセレクトしていました。
例えば風邪薬だと「エスタックイブ」はNSAIDsとしてイブプロフェン、抗アレルギー成分としてクロルフェニラミンマレイン酸塩、鎮咳のコデインエフェドリンなどが含まれていることが一覧となっていました。
漢方成分も麻黄・甘草・柴胡などリスクのある生薬を含めて一目でわかる様に整理されていました。

全体の構成は講義形式をとっていました。
各章の目的が最初に示され、初めに前回の復習が添えられ、読者の疑問に答えるように展開するというものです。
まるで対話のように進むので、飽きずに読み進めることができました。
文章も基本を大切にしながらも応用の効く知識が、豊富な症例と共に披露されていました。
薬剤師だけでなく、広く医療関係者にとって役に立つ内容だと思います。

フィジカルアセスメントがみえる /医療情報科学研究所

五感を使って診断する

 

本書は「フィジカルアセスメント(五感を使った診察技術)」を看護師向けに解説したものです。
好評を博している「看護師のための『見える』シリーズ」の三冊目にあたります。
全カラーページで、写真やイラストがふんだんに使われており、解剖生理を中心に診断に至る技術が説明されていました。
執筆陣も大学、病院の、熟練の看護師、医師、理学療法士らが協力しており、充実したものとなっていました。

内容は大きく分けて次のようなものです。
 総論:視診、問診、触診の基本と体温・呼吸などのバイタルサイン
 各論:頭頚部、呼吸器、循環器、腹部、筋骨格など、各部位ごとの診断

写真が豊富な上に、イラストはデフォルメされていて実物よりわかりやすく、透視図と合わせて内臓の位置関係が直感的に理解できます。
知識も解剖、生理、病理などが関連づけて説明され、検査や診断の目的なども記されているので効率的に学べます。
フィジカルアセスメントは総合診療にもつながる重要な知見で、これまで医師向けの書籍も手にとってきました。
本書はそれらと比較しても遜色なく、丁寧でわかりやすいものだと思いました。

総合診療徹底攻略 100のtips 根本 隆章

必要十分な情報が詰まった総合診療のテキスト

 

著者は医師の根本隆章氏です。
本書は総合診療に関連する様々な症例を解説したものです。

根本氏は大学卒業後は総合診療医としてキャリアを重ね、現在は感染制御科で臨床に立ちつつ、後進の指導にも力を注いでいます。
本書は著者が実際に経験した症例から総合診療に関連した100のものをピックアップしたものです。
章は、呼吸器、循環器、消化器、神経、代謝・内分泌、血液、腎・泌尿器、膠原病感染症、精神科、薬剤性疾患などで区分されています。
研修医との対話から既往を確認し、診断をつけるまでの流れが1つのトピックにつき3−4ページ程度で収められていました。
掲載症例の中では、次のようなものが印象に残りました。

・高熱の大学生が、生肉によるカンピロバクター腸炎だったこと。
・夜間咳嗽(がいそう)が、逆流性食道炎によるものだったこと。
・拡張期高血圧が副腎のアルドステロン(鉱質ステロイド)症由来と見抜いたこと。
・時々起こる下腹部痛が、尿管膜遺残だったこと。
・歩行障害が、銅欠乏症や、頭痛薬による小脳症状だと見抜いたこと。
・微熱と顎の異常が、巨細胞性動脈炎だと見抜いたこと。
・繰り返す伝染性単核症が、HIVによるものだと見抜いたこと。
・多発性塞栓症を人工血管の感染症が原因だと見抜いたこと。

イラストなどは少ないもののCT画像などが掲載され、参考文献も明示されるなど、必要十分な情報がコンパクトにまとまっていると感じました。
また薬の副作用について造詣が深い点も印象的で、わずかなヒントから鮮やかに診断する様子はミステリー小説のようで引き込まれました。
総合診療について概観できる好著で、オススメです。

病気を治せない医者 現代医学の正体に迫る /岡部 哲郎

現代医学の現状と中医学のススメ

著者の岡部哲郎氏(1948ー)は東西両医学に精通した医師で、現在は開業して自由診療で治療を行なっています。

本書は著者の経験を踏まえて、真の医学のありようを提案したものです。

 

著者は高校時代に難病を患ったことから、治療法を研究開発するために東大の医学部に入りました。

卒業後は内科系の研究室に所属し、癌治療の研究に没頭しました。

免疫系を賦活させて白血球を産出するホルモン様物質を突き止めたり、癌細胞と結合する抗体を作り出すなど、次々と実績を上げていきました。

漢方との出会いはこの頃で、抗癌作用を持つ物質を漢方薬に求めて、台湾の中医師の研究所を訪れます。

しかし目の前で様々な難病が改善していく様に驚愕し、弟子入りして熟練の技を学びました。 その後は東大病院の総合内科にある漢方外来で治療にあたり、2014年からは銀座で開業して今に至ります(一方で漢方外来は閉鎖となり、技術は継承されなかったようです)。

 

本書は東西両医学を深く研究してきた著者が、両医学の長所と短所を踏まえた上で、最良の選択を考察したものです。

前半では、西洋医学への批判を中心とした論が展開します。 無駄な検査、安易な手術、高血圧や高脂血症などの健康な人に薬を処方する愚などを指摘していました。

特に著者は研究に従事していたことから、データを恣意的に用いてミスリードする統計処理の欺瞞について丁寧に解説していて説得力がありました。

後半は著者が実践する中国伝統医学を用いた治療が紹介されていました。

東洋医学は西洋医学とは異なる観点から人体を眺めるので難病にも対処できる可能性があり、治療の幅が広がります。

メニエール病潰瘍性大腸炎膠原病のシェーグレン症候群、緑内障肺気腫などの症例が紹介されていました。

また東洋医学といっても、中医学と日本漢方の違いがあることも言及していました。

著者によれば、日本漢方の「生薬や方剤の知識が不十分な状態で漢方薬が処方されていること」、「傷寒論を元にした大雑把な診断体系しかない点」などを問題視していました。

終章では食養生と地続きにある漢方の思想に触れながら、西洋、東洋の両医学を統合した医療の可能性に言及して筆を置いていました。
内容が専門分野にも及んでいましたが、読み応えのある好著でした。